夜に

どうにかしてすてきになりたくってすてきなひとの真似をしてブログなんかをはじめてみたけど、わたしはそれほど文が得意ではないし、すてきなことが起こるわけでもないし、ほんとうにわたしは何をやっているんだろう。でも、得意じゃないけど、文はすきだよ。書くこと読むこと読み上げること。きょうの日本語の授業で知っている難読漢字が出たからふふんとひとり得意げになっていた。知ってるよなんて気軽に言える人はまだいない。ていうかいてもわたしはあんまり言わない。なぜなら謙虚とかそういうわけではなく、自慢する人だと思われたくないから。
チーズのパンを差し出されて、おおきいのと小さいのがあって、どっち?って聞いたらどっちでもいいよ、って言われたからじゃあ大きい方!って嬉々として大きい方を食べたら苦笑いされた。だってどっちでもいいよって言ったでしょ。だって一緒に遊びたいって言ったでしょ。だって好きなもの飲み食いしていいよって言ったでしょ。社交辞令なんていらないから小さい方を渡してよ、そうしたらわたしは小さい方を嬉々として食べるのだ。
だいすきは、
だいすきは、本当は、わたしが思っているより、簡単な言葉だったのかな。
戻りたいって思ってしまう生活がすこしだけ続いていて、もうすこししたら戻りたくなくても戻りたくても戻る日が来る。時間じゃなくて、場所に。そこに戻ったとしても、もうわたしの居場所はない。それから一週間もたたないうちにまたわたしはわたしのところへと戻って、自分で洗濯機を回して、アイロンをかけて、つまんないテレビつけて洗い物して、ごはん炊いて冷凍して、ふとん広げて、つまんないお化粧して、ジーパン履いて、鍵かけて、
塩田さん元気だろうか。わたしの言葉は聴こえてたんだろうか。わたしの文は読んでくれたんだろうか。それを居酒屋とかで誰かに見せて笑い者にしていないだろうか。
男の子と名前が同じですごく驚いた。いい名前だ。わたし、ふみって名前がよかったな。冗談だよ、冗談。名前は気に入ってるよ。それを呼ぶ人が気に入らないだけ。
わたしをすきなひとがここで見つからないな、と、文を書きながら、ああ見つからないんだ、わたしをすきなひと、いないんだ、と自分に思い知らされて鼻の奥がツンとして枕カバーが濡れていった。いま絶対ぶさいくだけどだあれも見てないし聞いてないからセーフ、そうかだれも、わたしが泣いてることを知らないのか。それはそれは。ご愁傷様ですね。