そしてくよくよは続く

「天竺に行っても、くよくよは続きます」
伊坂幸太郎のファンなのだけど、SOSの猿は読んでいない。でも、このセリフが出てくると聞いて、ああいますぐ読みたい!と思った。


今日はだめだった。だめだったって、すきなひとに会えて話せたことや運動が楽しかったこと、はいいことだったのだけど、帰り道がだめだった。
なんともいやな気持ちになって、帰り道の自転車でずっと唇を噛み締めていた。だいぶ視界がぼやけていたから、事故にあわなくてよかった。
なにがいやなのかわからなくなって、いまいやだと思っていることをぜんぶ書き出したら、少しすっきりした。
すっきりした、と思っていたら、さっききょうだいにきつくあたられて、いやきつくあたられるのは珍しいことではないのだけど、書き出した嫌なことを思い出して、どっかの糸がふっと切られたみたいにぶわわと顔が赤くなり、目がまっかになった。鏡の前で、歯磨きをしている時だったから、わたしはわたしがなきそうになっている様をじっと見つめていて、「ぶっさ」と笑った。いつもよりも余計にぶさいくな笑いだった。


ほんとうに、すきってめんどくさい。わたしがなんであんまりすきなひとができないかって、ほかにも理由はあるけれど、いちばんは「すきになるとめんどくさい」っていう、そういう、ばかみたいな理由からだ。すきなひとができて(しまって)、しばらく離れていたその「すきがめんどくさい」がまた、わっ、とわたしをつかまえるようになってしまって、わたしはそれを躱せない。感情が重くて動けない。また、ぶさいくになってしまう。
それから、わたしがこれから進む道のこと、わたしの顔のこと、やらなくちゃいけないこと、もうすぐ来たる試験、なんてものがわたしを抱きかかえている。絶体絶命だ。なんてったってさっき「わたしが生きてる意味ないな」ってすごく冷静に思ってしまった。し、今でも思っている。こういうときははやくはやく眠ってしまわないと余計に泥沼になることは経験上わかっているのだけどどうもそういうわけにいかない。
くよくよ、じゃないかな。うだうだ、もやもや、ああなんて日本語は擬音が多いんだろう!ぴったりの言葉を探すのに苦労するじゃないか!


なんなら、9時くらいにはもう眠ってしまったほうがいいのかもしれない。これでこわい夢でも見てしまったらどうしよう。服、片付けるの面倒くさいな。書類も書かなくちゃ。あ、ほら2時すぎてるし。あーーー、すきなひとに、だきしめてもらいたい。大丈夫だって言ってほしい。
あー、むなしい。