卒業文集

卒業することのことを考えている。そして、卒業するときのもう卒業式が終わって写真撮影も終わって、最後の最後のときのことを考えている。

わたしはきっと泣かないと思う。人生で何回も卒業式を経験したけど一度も泣かなかったし、いままでの卒業式といまから来る卒業式が違うとも思えないから、たぶん泣かない。

卒業文集をたぶん、卒業式の一週間前くらいにもらっているんだろうから、卒業恒例の卒業文集の白紙のところにメッセージが書かれているんだろう。ちがうとこに行ってもげんきでね、いままでありがとう、またあそぼう、といったそういうこと。白紙のページは手書きのカラフルな、女子特有の丸文字で埋まる。書いて書いて、って休み時間にまわるとき、卒業文集自体が重いし大きいからすごく動きづらい。

 

なにか、手紙は書いているだろうか。最近、なんとなく、「卒業式でみんなにわたす手紙に何をかくか」を考えてひとりで泣きそうになっている。

あの時こう言ったけどほんとはね、

あなたのこういうところがすきよ、

もしまた会うことがあったらお酒を一緒に飲もうね、

だいたいそういう手紙っていいことしか書かないから、考えたあとは友達にやさしくなれる。あと半年、仲良くしましょうよ。

 

進路をだれにも言っていない。幼馴染にも、たくさん話してくれた友達にも、同じバンドがすきなおとこのこにも。なんでってそれはわたしにもわからないけど、とにかく言いたくないし、別に言う必要もないと思っているからだ。言わないで内緒にして、とどうしても進路を言わないといけないひとたちに言うと、怪訝なかおをされる。別に言ってもよくない、って言われる。でも黙っててくれるあたり、わたしのまわりはいいひとが多いんだとおもう。

 

秘密主義と言ったら聞こえはいいけど、とどのつまり、あんまり信用していないんだろう。あのこの進路はこうなんだって、っていううわさをわたしが知らないところで話されるのが我慢ならない。うわさされたくなければ「わたしの進路はここなんだけど、これうわさとかされたくないから、言わないで」って言えばいいだけの話なので、うん。そういうことなんだろう。

 

あの子には告白の話をして、あの子には本の話をして、って考えていると、進路を言わないでいるのがなんだかもうしわけなくなってくる。いや、別に、悪いことじゃあないとおもうけど、ほら、ね。

だからもし、卒業式一週間前に「書いて!」ってあの重たくて分厚くてかさばる卒業文集を渡されて、わたしがいまから過ごす半年ちょっとのあいだとわたしがいままで過ごしてきた時間を思い出して、「この子にわたしの進路を言おう」っていう決意ができたら、こっそり教えたいとおもう。信頼、できたらいいね。